木更津ふれあい広場



 とのふれあい

マリンポート



 中の島マリンポート
つり船・クルーザー・ヨット・沖の防波堤への渡し船・チャーター船など多くの船が繋留されています。砂運搬船も木更津の名物のひとつです。
マリンポートや船溜りが、彼方此方で目に付く木更津です。


 木更津発 OASIS
http://www.fishing-oasis.com

潮干狩



  木更津海岸
牛込海岸・金田海岸・久津間海岸・江川海岸・木更津海岸等々と沢山の潮干狩場があります。
シーズン中の日曜・祭日ともなれば、都心からバスを連ね多くの人が訪れるあさりの宝庫です。
  
お問い合わせ
 牛込漁業協同組合   TEL 0438−41−1341
 金田漁業協同組合   TEL 0438−41−0511
 
久津間漁業協同組合  TEL 0438−41−2696
 江川漁業協同組合   TEL 0438−41−2234


● とのふれあい

マザー牧場



  乳牛放牧場
JR内房線木更津駅から車で、40分ほどの鹿野山の山頂にあります。乳牛や羊や豚等の動物とふれあい又、いろいろ遊園施設・イベントが有り、家族連れで一日中楽しめる所です。
千葉県の南総は、気候温暖で日本でも有数の酪農地帯で多くの牧場があり、その中で一般に開放されたユニークな牧場の一つです。

 
 マザー牧場
http://www.motherfarm.co.jp

キャンプ場



  共同炊事場
木更津市の久留里線馬来田駅で下車し、駅からまっすぐ東に通ずる道路を5キロほど奥に入ると真里谷小字市野野という地区に着きます。ここから南に入る小路があり、1.2キロほど登って行くと自然少年の家キャンプ場です。キャンプ場一帯は、海抜150メートル以上はあろうかと思われ真里谷氏の居城である真里谷城跡です。
春はワラビ・ゼンマイ・竹の子などを、秋は秋の七草
やモミジなどを求めて、家族づれで訪れ山とふれあう絶好の地です。


● 
古跡とのふれあい

金鈴塚古墳



 金鈴塚遺物保存館
小櫃川下流域の沖積平野を南北に走る俗称浜長須賀の砂丘には、かって大小二十五基の古墳があったといわれ金鈴塚古墳は、ほぼその中央に位置しています。金鈴塚古墳は墳丘の大きさが約九十五メートル、高さ六メートルで、六世紀後半に造られた大型前方後円墳です。昭和25年に発掘調査が実施され、横穴式石室から銀と金銅で飾られた太刀や武具・金銅製の馬具・銅製の容器・純金の鈴等々多くの副葬品が出土しました。金鈴塚遺物保存館では、無料で観られます。

真里谷城跡



   城山神社
JR久留里線馬来田駅から6キロほど山手に城山神社があり、このあたりが城跡です。  武田信玄の五代祖武田信満の子信長が築城したものです。信長の孫信興が真里谷城に居住した時に姓を真里谷と改めました。 1590年豊臣秀吉に攻められ落城するまで、真里谷氏七代の居城でした。神社の社殿には、武田氏の家紋である四菱がついた60センチほどの木造が安置されています。


● 名所とのふれあい

こうもり安の墓



    選擇寺
歌舞伎「与話情浮名横櫛」で切られ与三郎の相棒としておなじみのこうもり安は、本名を山口瀧蔵といい、文化元年、木更津五平町の大きな油屋「紀の国屋」の次男として生まれました。芝居の中の人物像とは異なり、男振りで金回りもよく、ゆすりを働くような人柄ではなかったようです。毎夜ふらふらと出歩くことからこうもり安と呼ばれていました。
お墓は、選擇寺の本堂左側にあり「進岳精信士 慶応四年四月五日」と刻まれています。


きみさらづ
 タワー



    橘神社
神代の昔、日本武尊東征の折現在の東京湾を相模から上総へ渡ろうとしたとき、にわかに強風が起こり、船が難破しそうになりました。妃の弟橘媛は、身をもって尊の命を救おうと海中に身を投じ、海神を慰めたのでたちまち波風がおさまり、無事に上総に渡ることが出来ました。尊はこの山頂から海を見下ろし媛を偲んでしばしこの地を去りかねたと伝えられています。橘神社周辺一帯は「恋の森」と呼ばれています。神社の右手にタワーは建っています

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